彫金机の前で考える、当たり前だけど大切なこと
最近、ふと自分の働き方や、周りの人との関わり方について考えることがあります。
手と記憶に染み込んだ経験を頼りに、無駄な試行錯誤すらも楽しみながら、ただ「もっと良いものを作りたい」という思いで机に向かう時間は、とても居心地が良いものです。一人での作業は、ふと思いついた変更も自由ですし、失敗しても誰にも迷惑をかけず、すべて自分の責任で完結できます。
でも、ふと立ち止まって考えてしまうんです。
誰かと一緒に動くときや、家族と過ごす日常のなかで、私はうまく「共同作業」ができているだろうか、と。
人と一緒に何かをする時、一人仕事の感覚のまま「こっちの方が良さそうだから」と安易に計画を変えてしまったら、それはただの身勝手になってしまいますよね。誰かに何かをお願いする時も、相手の立場をちゃんと思い描けていただろうか。無茶な頼み方をして困らせていなかっただろうか。
年齢を重ねて、少し疲れがたまりやすくなったり、なんだか気が短くなっているような自分の姿にハッとして、後悔することも増えた気がします。
ものづくりにおいて「こだわり」を持つことは大切なことですが、それが行き過ぎて周りへの配慮を忘れてしまっては本末転倒です。
社会のなかで誰かと協力し合うことや、家族と心を合わせて日常という「共同作業」を重ねていくこと。
それはきっと、納得のいく作品を生み出すことと同じくらい、人生において大切なことなんだろうなと思います。
間違えたら、素直に「ごめんなさい」と謝る。自分勝手な振る舞いはしない。
子供の頃に教わったような、そんなどこにでもある「当たり前」のことを、今だからこそもう一度、しっかりと大切にしていきたいと思う今日この頃です。
自分のペースで突き詰める楽しさを知っているからこそ、これからは「誰かと一緒に歩む難しさと、そのあたたかさ」も、少しずつ学んでいけたらと思っています。
























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